【前夜譚 辰編】

創造の神が世界を創り、まだ世界が混沌《こんとん》としていた頃。

 創造の神は世界を安定させるためにとある種族を創り出した。

 それは『竜』――。

 竜は気象を司り、地上に住まう生き物たちに安寧《あんねい》と実りと恐怖を与えた。そして人が増え、信仰が始まると、人々は竜を神格化する。

 しかし、竜は種族であるがゆえに、序列が厳しく定められていた。

 序列上位の番《つがい》のもとに新たに子が生まれた。

 末っ子ゆえに親と兄たちにより大切に育てられ、幼いときから親をも超える力を発揮してみせた。そして、誰しもがその将来を疑わなかった。

 独り立ちして経験を積んでゆけば爪が四本になり、信仰を集めて最上位の五本爪となって九つの力を授かるだろうと。

 末っ子は日々学び、日々鍛練を重ねた。

 そうして迎えた独り立ちの日。すでに兄たちは独り立ちしているので、親だけが末っ子を見送った。

 まだ竜の縄張りではない場所を探し、そこに住み着き土地を守る。

 道中、その地の竜に誰の縄張りでもない場所を教えてもらいながら、自分の気に入る場所を探し求めた。

 ようやく見つけた場所は、小さいながらも清澄《せいちょう》な水が湧き出る泉。その一帯は人はほとんど住んでおらず、煩《わずら》わしさもない。そして、長兄の縄張りとも程よく近いこともあり、好条件が揃っていた。

 末っ子はその地で、親からの期待も、優秀な兄たちへ引け目を感じることも、周りからの重圧もなく、あるがまま無為《むい》に過ごしていた。

 だが、時の流れは無情にも変化を及ぼし、竜に守られた土地は人が増えていく。

 末っ子は人が増えることを歓迎しなかったが、人が増えると信仰によって力が増していった。

 竜は安寧と実りと恐怖を与えるものである。

 竜がもたらす安寧と実りに人が驕《おご》れば、それを正すのもまた竜だ。

 しかし、末っ子はそれを怠《おこた》った。

 人はさらなる富を求め、他の土地へ押し入ったのだ。

 これに押し入られた土地の竜が激怒する。猛《たけ》り立つ竜を止められる者はおらず、竜は力を奮《ふる》い、罰を与えた。

 それは季節外れの長雨をもたらし、川は氾濫《はんらん》し、山は崩れ、多くのものが流された。

 そんな状態であっても、末っ子は動かない。

 末っ子の守る土地の気が乱れていることに気づいた長兄が間に入るまで、竜の罰は続いた。

「なぜ人を諫《いさ》めなかった?」

 押し入られた土地の竜から事のあらましを聞いた長兄は、末っ子のもとへ赴《おもむ》くと真っ先にそう尋ねる。

「なぜ? あれらが為《な》すことに興味はない。それこそ、なぜわたしが動かねばならぬのだ?」

 長兄は、末っ子が竜として大切なものが欠けていることに気づく。

「人は善くも悪くも主上に影響を与える。主上が慈しむものは我らも慈しみ憂《うれ》うものあれば我らが払拭するのが道理」

「主上に悪影響を及ぼすというのならば、なおさらいらぬ」

 竜としての存在意義を理解していない末っ子に頭を悩ませる長兄。

 竜のあり方など、誰に教えられて理解するものではなく、成長とともに豁然《かつぜん》として悟るものだ。

「まだお前を独り立ちさせるには早かったようだな」

 矜持《きょうじ》を持つのはよいが、それも過ぎれば慢心となる。

 長兄は末っ子に親のもとへ帰るよう命令した。序列が厳しい竜の世界では、上位の者の言うことは絶対だ。

 末っ子は腑《ふ》に落ちないという表情を見せながらも、長兄の言葉に従った。

 しかし、これで終わりではなかった。

 上位の竜の縄張りに下位の竜が押し入ったと、罰を与えた竜が種族の長に訴えたのだ。

 これを許せば、力の及ばぬ下位の竜が人を利用して上位の竜を陥れることも許すことになると。

 長である竜の王は、長兄と末っ子から話を聞き、ある決断をした。

「其方は竜の姿と力を封じ、地上に落とすことにする」

 竜の住まう郷は神の御座《おわ》す神域と地上の狭間にあり、地上に落とされれば罪が許されるまで帰ることはできない。

 長ければ千年以上、酷い場合は身体を拘束されて地上に封印されることもある。

「主上が慈しんでいるのは人だけではない。地上に生きるすべての命の営みと理《ことわり》を学んでこい」

 こうして、末っ子は竜の姿と力を封じられ、何もわからぬまま地上へと落とされた。

 学ぶために地上を放浪していた末っ子は神の夢を見る。

 心惹かれしもしたが、自分にはその資格はないと思った。

 だが、竜の王から命が下される。十二のひととせの王に選ばれよと。

『いまだ学ぶべきものがわからぬのなら、他のものから学べ。試練を越えたものの中に範《はん》とするに相応しいものがいるだろう』

 竜の王にそう言われるも、末っ子は納得がいかなかった。たかだか動物に何を学ぶというのかという気持ちが強かったのだ。

 それでも、命には従わなければならない。末っ子は渋々、神のもとへ歩みを進める。

※清澄:汚れなく澄んでいること

※主上:子の場合は神様のこと

※豁然:視野が大きく開けるさま、迷いや疑いがなくなるさま

企画型パフォーマンス集団『ウグイスラヂオ』

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芝居・ダンス・イラストなどあらゆる『表現』が一緒になって1つのステージ作品を作る、プロデュース公演型のパフォーマンスユニット。

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