時として、人の思いは強き力を発することがある。
神の眷属として仕える動物たちも、そんな人の思いが成したもの。
恐れ畏《かしこ》まるだけでなく、そこに感謝の気持ちが加われば慈悲《じひ》を持つ。理由もなく忌《い》み嫌えば、人を恨むようになる。
このように、神に近しい存在は善にも悪にも成るのだ。
へびは元来、孤高の生き物である。外界に生まれ落ちた瞬間から、ひとりで生き延びねばならない。
初めての冬を越すまでは兄弟身を寄せ合うこともあるが、白をまとって生まれたあるへびはその目立つ色のために兄弟にも見放された。
このまま冬が来れば、飢えて死ぬか、凍えて死ぬか。
冬に備えて山の恵みを取りにきた少女は、灌木《かんぼく》の隙間に隠れるように丸まっている白いへびを見つけた。
「お前、美しい色をしているのね」
白いへびを初めて見た少女は、生成《きな》り絹よりも白くきらめく鱗《うろこ》に魅せられ手を伸ばした。
へびは首を上げ、チロリと赤い舌を出したが、逃げる素振りはない。
指先が触れると、ひんやりとした体温とわずかな鱗の凹凸《おうとつ》を感じた。
へびは少女の温もりを自分に移そうとするように、頭を手に擦りつける。
「ひょっとして弱っているの? わたしのお家に来る?」
へびは警戒する様子もなく、するりと少女の腕に巻きついた。
少女はうれしそうにへびを撫でると山を下りて、小さな村の我が家へ帰る。
小さな村は、辺鄙《へんぴ》な山間にあるも食料が豊かで、美しい織物が自慢だった。
白いへびは人間の食料を狙ってやってくる小動物を狩り、いくつか冬を越える頃には『白へび様』と呼ばれ、村人たちに親しまれていた。
特に少女とは仲がよく、少女は白いへびをあちらこちらに連れては、いろいろなものを一緒に見て回っていた。
山から見下ろす村の景色、青々とした葉を揺らす田畑、女たちが織る布帛《ふはく》、少女が見つけた綺麗な石。
少女は日々、季節によって移りゆく風景を見ては、美しいとこぼす。
そんな少女も大人になると、村の青年と夫婦《めおと》になり、婚儀の日の少女はたいそう美しかった。
そして、いつも美しいと口にする少女も、子を腕《かいな》に抱いたときばかりは愛おしいと呟いた。
その年の冬は厳しく、白いへびも冬眠から目覚めるのに時間がかかった。
いつもなら、余った炭で白いへびを温めようとする少女の姿もない。
村は静寂《しじま》に包まれており、まるで誰もいないかのようだった。
一日経っても、二日経っても、少女どころかだれも姿を見せない。
白いへびは不安になり、村を彷徨《さまよ》う。
すると、ある家で物音がしたので、白いへびはその家に入ってみた。
「……白へび様、お目覚めでしたか」
村人の一人だった。村人は、神にすがるように、身に起きた不幸を嘆《なげ》く。
白いへびが冬眠に入ったあと、村に流行病《はやりやまい》が広がりだした。小さな村に医師はおらず、薬草の知識だけでどうにかしていたのだが、その流行病には効かなかったそうだ。
年寄りと子供が次々に亡くなり、日を追うごとに看病をしていた大人たちも床に伏せるようになる。
そして、まだ病に罹っていない者は村から逃げるように出ていき、看病する者がいなくなれば、たどる先は一つ。
この村人は逃げたものの、逃げた先で食うに困り、病に罹る危険を冒して売りさばける物を取りにきたのだと言う。
「白へび様、あの子も流行病で死んでしまった。我《わ》と一緒に新しい村に行きましょう」
白いへびはそれを聞いて、少女の家へと戻った。
家を探せば、仲良く寄り添う骸《むくろ》が二つ。幼子のものはない。
その目からこぼれるものはないが、聞く者がいれば白いへびの慟哭《どうこく》が聞こえただろう。
白いへびは少女の家を守り、新たな冬を迎えた。
微睡《まどろ》みの中、夢を見た。神様の夢だ。
自分に守る力があったのなら、少女が美しいと言った風景を、愛おしいと言った子を、少女自身を守ることができただろうか?
白いへびは強く願う。美しいものを、かけがえのないものを失わないために力が欲しいと。
その思いは、冬なのに冬眠から目覚めさせ、神のもとへ向かう力となった。
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