【前夜譚 亥編】

 生き物たちの冬は厳しい。

 実りの秋にどんなに栄養を蓄えようとも、冬に餌を見つけられずに飢えて死ぬこともある。

 それは人間も同じだった。秋には山に入り、実りを採取し、猟をする。


 ある日、山に入った猟師は一匹の猪を仕留めた。

 地に横たわる猪の側には、三匹の子が甘えるように鼻先を擦りつける姿ある。猟師が仕留めた猪は、この子猪たちの母親だったのだ。

 猟師は心の中で子猪たちに謝りながら、仕留めた猪を抱え、川に向かおうとした。その猟師の後ろをちょこちょことついていく子猪たち。


 しかし、猟師はそれを無視して、己がやるべきことをやって山を下りた。

 母親を亡くし、山に取り残された子猪たちは、これから|庇護《ひご》なしで冬を越えなければならない。

 兄弟で身を寄せ合いながら眠り、食べ物を探し、天敵から逃げる日々。

 母親がいない中、子猪たちの性格ははっきりと分かれ始めた。


 一番下の子はとても|臆病《おくびょう》で、いつもどこかに隠れて他の子に守られている。真ん中の子は好奇心旺盛で、いつも食べ物を求めてあちこち動き回っている。一番上の子は、そんな二匹の面倒をひたすらみている。

 危ないところにも頭を突っ込もうとする真ん中を止め、隠れている下の子に食べ物を分け、一番上の子のおかげで生き延びられていた。


 だが、そんな幸運は長く続かない。


 弱きものである子猪を取り巻く環境は、冬が深まるにつれて厳しくなっていく。

 まずは食べ物がなかなか見つからなくなった。

 寝床で隠れている下の子を置いて、一番上の子と真ん中は少し遠い場所まで食べ物を探しにきた。

 しかし、そこは天敵の縄張り。天敵は風下にいてにおいがしなかったこともあり、食べ物探しに夢中になっていた二匹は、気づけば囲まれてしまっていた。

 必死になって逃げる一番上の子は、周りを見やる余裕もなかった。捕食者の息遣いが、すぐそこまで迫っていたからだ。


 どれくらい走っただろうか。自分の居場所がわからなくなるほど、めちゃくちゃに逃げ回っていた一番上の子は、ふと足を止めた。

 天敵はいなくなっていたが、真ん中の姿もない。危険を承知で、一番上の子は大きく鳴いて真ん中を呼ぶ。

 鳴きながら周囲をさまようも、真ん中は見つからなかった。下の子がいる寝床に戻っているかもしれないと、においを頼りに山の中を歩き始めた一番上の子。


 だが、この世界は、弱きものには優しくない。

 なんとか寝床に到着すると、下の子が|蹲《うずくま》って眠っていた。

 そしてやはり、真ん中の姿はない。

 一番上の子は、真ん中が帰ってくるのをじっと待つ。下の子が目を覚まし、空腹を訴えても、真ん中が帰ってくるかもしれないと思うと、寝床を離れられなかった。


 一日が過ぎ、二日が過ぎ。これ以上は……と諦め、次に|陽《ひ》が昇ったら、食べ物を探しにいこうと決心したその夜。

 一番上の子は夢を見た。神様の夢だ。

 神様が言っていたことは理解できなかったけど、神様のもとへ行けば安全だと本能が|囁《ささや》く。


 こうして、一番上の子は神様のもとへ行くことにした。


 神様がいる場所への道のりは、子猪たちにとっては凄く険しいものだった。

 食べ物を探しながら進むも口にできるものは少なく、捕食者にも狙われ、すでに満身創痍な二匹。


 そしてついに、下の子が動かなくなる。

 一番上の子が一生懸命励ますも、下の子はいつまで経っても立ち上がることはなかった。

 一番上の子は泣きながらその場を離れ、神様のもとを目指す。


 兄弟を失った子猪が|覚束《おぼつか》ない足取りで進んでいると、同じように神様のもとへ向かう動物たちとすれ違う。

 中には子猪を心配して声をかける動物もいたが、子猪はただ黙々と枯れぬ涙も無視して脚を動かした。


「絶対に諦めるなよ」


 最後まで子猪を見守っていた動物がそう声をかけて、追い抜かしていく。

 そうして、ようやくたどり着いた神様のもとには、十一の動物が集まっていた。


「君で最後だね」


 子猪が到着すると、開け放たれていた神域が閉じられる。

 子猪のすぐ後ろには|蛙《かえる》がいて、ほんのわずかな差で子猪が選ばれたのだ。


「よく頑張ったな」


 先ほどと同じ声が、子猪の執念とも言える|気概《きがい》を|讃《たた》える。


「最後の動物はなん……って、泣いているぅ!?」


 子猪の痩せ細り、今にも死んでしまいそうな様子に、動物たちが甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。

 神様はその光景を見て、子猪に手を差し伸べる。


――子猪は夢を見た。

 兄弟と一緒に野山を駆け回って、美味しいものをたくさん食べる。

 求めていた幸せはそこにあった。

企画型パフォーマンス集団『ウグイスラヂオ』

芝居・ダンス・イラストなどあらゆる『表現』が一緒になって1つのステージ作品を作る、プロデュース公演型のパフォーマンスユニット。

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